牛深ハイヤとは

牛深ハイヤ節は、江戸時代に熊本県天草の牛深地方で歌い踊られていたもの。牛深に寄港していた船乗りによって、港から港へ日本全国津々浦々に伝わり、日本に40以上あるといわれるハイヤ系民謡の元歌とされています。

「ハイヤ」とは、もともと南風のことをハエの風と呼んでいたものが牛深地方で訛ったものとされています。それが牛深から遠く離れるにつれ、ハンヤやアイヤなどに変わっていったようです。あの有名な阿波おどりや佐渡おけさのルーツも牛深ハイヤだといわれています。

私は、そんなハイヤ系民謡の元歌とされた牛深ハイヤを誇りに思います。しかし、他のハイヤ系民謡より偉いとは思いません。行く船があれば帰る船があり、牛深ハイヤが一方的に各地の民謡に影響を与えた訳ではなく、それぞれがそれぞれに影響しあったと考えるからです。その証拠に、ハイヤ系民謡の一つとされる鹿児島のおはら節の歌詞におけさの文言があります。

日本に40以上あるというハイヤ系民謡ですが、その全てが後継者不足に悩んでいるのではないでしょうか。あのどじょうすくいでさえも後継者不足だと、月曜から夜更かしで言っていました(みなさん、ネタ元!と突っ込むところです)。私はハイヤ系民謡を守っていくべく、1日でも早く誰かがどがんかしてくれんかなと願うばかりです。

このページは「牛深ハイヤとは」のページでしたが、趣旨がずれてしまいました。そのうち推敲します。

ちなみに、東京近郊にお住まいの方で、ハイヤ系民謡を踊れる、または知っているという方は是非ご連絡いただけませんか?

私たちは年に数回、天草市役所ハイヤチームからの出張稽古を賜っています。地元で踊られている牛深ハイヤ節を練習していますが、こうした基本を元にしつつ、踊りにも地方(じかた)にも少しずつ東京の色をつけていけたらと思っています。

牛深ハイヤは江戸時代に日本中に広がったといわれていますが、牛深ハイヤが現代に最後に伝わったのが東京ハイヤだと、いつか民謡歴史の教科書に載るかもと思うと少しうきうきしますねっ!